里奈の言葉に相手は眉を顰め、愛想はますます悪くなる。もうそれだけで腰が抜けてしまいそうだ。小心者の里奈にとって、彼の視線は凶器になる。
そうだ。里奈は小さい頃から、彼があまり得意ではなかった。むしろ苦手だ。
だって怖いんだもん。
小さいが鋭い視線に絶句したまま硬直する里奈と、それを無言で見下ろす相手。このまま永遠に続くのではないかと思われた沈黙を破ったのは、甘い声音。
「ねぇ 金本くん。この方、どなた?」
「あ?」
呼ばれてようやく我に返った金本聡は、そこでホッと息を吐く。
「なんつーか、昔の知り合い」
「知り合い?」
「え? 何? 何?」
「誰? この子」
次々と向けられる女子高校生の視線に、里奈もようやく辺りを見渡す。見れば周囲は金本聡以外、女子ばかり。
「何? この子」
「私服?」
「唐渓の生徒じゃないの?」
どれ一つとして好意と受け取れる視線は無い。彼女たちがそれぞれに珊瑚や羊を象ったアクセサリーを身につけているなど、臆病な里奈が気付くわけもなく、ただ周囲の雰囲気に慄くばかり。
そんな彼女に、聡はうんざりと上目遣い。
「お前、相変わらずだな」
「え?」
「いや、なんでもない」
そう言って、片手を腰に当てる。
「何やってんだ? こんなところで」
聡としてみれば、別に大した意図もなく問いかけているつもりだろう。だが里奈にとって聡とは、大きな畏怖を与える者として立ちはだかっている存在。
「あっ あの」
180cmを超える高さから無愛想に見下ろされ、里奈は怖くて怖くて、とてもまともに会話なんてできない。
「あぁ?」
苛立だしげな聡の声に、里奈はぎゅっと目を瞑って身を縮こまらせた。
「美鶴っ」
それだけ言うのが精一杯。
「美鶴? 美鶴が何だよ?」
再度問われても、もはや返事をする気力はない。
貝のように黙りこんでしまった相手に聡はもう一度ため息をつき、腰に当てていた手を振った。
「ひょっとして、美鶴に会いに来たのか?」
コクリと頷く。周囲から囁き声。
「美鶴って、大迫美鶴?」
「何? この子、あの人の知り合い?」
好奇と侮蔑を含んだ視線が、容赦なく里奈に纏わり付く。
やだぁ この人たちって何?
敵意のような感覚。
私、何か悪いコトした?
俯き、どんどん萎縮していく里奈の肩に、突然圧し掛かる重み。同時に湧き上がる悲鳴。
「きゃっ!」
「ちょっと、金本くん」
浴びせられる抗議も無視で、聡は里奈を片腕で抱えるようにして歩きだす。
「えっ? え?」
唖然と自分を見上げる里奈の視線もこれまた無視で、聡は大股で五歩ほど歩くと、突然後ろを振り返った。
「わりぃけど、今日はこれ以上ついてくんな」
有無を言わせぬ威圧を込めて周囲を見渡し、そうして里奈を促し再び歩きだす。時間差で響き渡る甲高い悲鳴に眉を寄せ、だがそのまま歩き続ける。
「あのっ 小竹…」
そこで里奈は、ハッと片手で口元を押さえた。
その仕草に聡はチラリと視線を送り、表情は変えずにボソリと呟く。
「どっちでもいいよ」
聡と里奈と美鶴。三人が同じ小学校に通っていた頃、聡のフルネームは小竹聡だった。その後、聡の両親が離婚して母方の姓になり、再婚して金本聡になった。
|